書籍・雑誌

辺見庸「水の透視画像」

 地元の新聞『沖縄タイムス』文化面で、今年二週間に一度?連載されている辺見庸氏の「水の透視画像」を読むたびに、筆の力、文体の力を感じる。成熟した大人の文章の空気感。自らの立ち位置に揺らいだ時、その文章を読む時、落ち着く。
 12月26日(金)に掲載された文章は、こういう書き出し。<歴史が暗転するときには街路から「妖気のような、えもいわれぬ気配」がくゆりたつ>…。そして書き終わりの文章<街路からくゆりたつ妖気を、私はなぜかいまにみている。>
 くゆりたつ妖気…。気配…。
すぐそこまで来ている新しい時間にさえ、素直な信頼さえもてぬ社会。信頼するに値するものは…。
 今年も後3日。
 

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北川健次氏の仕事

Dm_1  1995年の春のことだと思う。旅行先の大阪で版画を中心に扱う加藤京文堂という書店にふらりとたちよった。扱う世界が興味深く、心地よい感動を覚えながらしばらく時間を過ごした。
 店内では北川健次銅版画集展と題して「サン=シェルピスの見えない庭園」などの新旧版画作品とコラージュ作品の小さな展覧会が開催されていた。版画の世界に詳しいわけではない私ではあるが、その作品は記憶から離れることはない。10年以上前に偶然にであった展覧会のDMを手放すことが出来ずに、手元に置いてあった(写真)。「逡巡する九月ープラハ」という作品が私の心を捉えて放さない。そんなことは多くあるものでもない。不思議な力でとどまる世界。
 けれども、具体的な作家像を持ちたくない気持ちが強くて(かなり屈折していると思うが…)手元のDMと記憶と遊ぶ時間が10年ほど続いた。
 Photo_16 どうしたことか昨年になって、作者が気になりだし、調べてみるとかなり有名な方だった。「北川健次オフィシャルサイト」を覗くとあの記憶通りの世界…少し安心した。点と線…時間がワープするように…繋がれてゆく感覚は…。
 2004年12月に出された『「モナ・リザ」ミステリー』(新潮社)を読み終えた。
かなり話題になっていた本だ。文章もすてきだ。作品と同じ印象。分析も興味深い。幼き頃よりダ・ヴィンチの作品群の中で不気味さを感じていた「洗礼者ヨハネ」に対する考察も一人で納得しきり…。収録されている別稿のフェルメール「デルフトの暗い部屋」も、フェルメール好きの私としては、心に残った。
 画集ほしいな…。

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